- 2009-10-12 (月) 6:50
- 牧師さんのいろんな話
神に受け入れられる礼拝者の姿とは?
そんなことが議論になることがある。
たいていの場合、理屈としてはそうかもしれないけれど、
現実にぴったりくるわけではない。
最近、印象に残った2人の礼拝者の姿を紹介したい。
神はどのような礼拝者を求めているのか?
一人の人は、どこかのパーティーに行くように装っていた。
しっかりとお化粧をしていたし、
大切なアクセサリを選んできたのもよくわかった。
この人にとって、
日曜日の午前中に礼拝に出かけるのが、
唯一の外出である。
一週間、このときを楽しみにし、準備をし、
何時間もかけて、装って出かけてくる。
もう一人の人は、いま起きたばっかり、というような姿で
礼拝に出席した。
無精ひげ、部屋着、寝グセ…
この人にとって、
日曜日の午前中の礼拝は、
つかの間の休息である。
一週間、クタクタになりながら、
働き尽くしてくる。
ゴールに倒れ込むマラソンランナーのようにして、
礼拝の場にたどり着く。
どちらの礼拝者が神の前に受け入れられるか、
そんな議論に、わたしはあまり興味がない。
ただ、わたしたちがご一緒に神を礼拝できることを感謝したい。
 
 
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