無力感– tag –
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礼拝メッセージ
枯れた場所に、水は染み出した
枯れた場所には何も生まれない、そう感じて久しい人へ。聖書は、崩れた神殿の敷居の下からにじみ出た水が、死の海にまで届いたと記録する。あきらめていたのは人であって、神ではなかった。その水の話を、静かに読んでみてください。 -
礼拝メッセージ
初めから、あなたの命は手の中に
何かができているか、誰かの役に立てているかと問い続ける夜に、無力感はしずかに重くなります。でもヨハネの福音書は、天地が造られるよりも前から、あなたの命はすでに神の手の中に置かれていたと語ります。役割が手を離れていくとき、この言葉があなたの問いのそばに静かに立ちます。 -
礼拝メッセージ
何もできないまま、そこにいた夜のことを
何もできないまま、ただそこにいるだけの夜がある。手が届かない、動けない、その無力感を聖書はすでに知っていた。神の民もまた、光も理由も見えない闇の中をただ歩いていた。でも、捨て置かれていたのではなかった。何もできなかったその場所に向けて、神の熱心はすでに動いていたのだと、イザヤ書は静かに語る。 -
礼拝メッセージ
今していることは、神の手の中で完成する
孫の病のことを考えながら眠れない夜、何もできないという無力感を抱えながら朝を迎える日々に、意味はあるのだろうか。聖書はパウロの言葉を通して、静かに語りかける。華々しくなくていい、特別なことをしなくていい、今ここに立ち続けているその歩みは、神の手の中で完成へと向かっている、と。 -
礼拝メッセージ
「どうやって」がわからなくても、今日はここにいる
「何もできない」という無力感を抱えたまま、それでも今日を生きている——そんな場所に立つあなたへ。聖書の中にも、「どうやって」がわからないまま一歩を踏み出した人がいました。先の見えない日々の中で、ただここにいることの意味を、一緒に考えてみませんか。
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