礼拝メッセージ– category –
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礼拝メッセージ
ボロボロでも、神が手にとってくれる
毎日笑顔で働いて、家に帰ってもケアが続いて。「疲れた」と言えないまま、夜だけひっそり力が抜ける——そんな毎日を送っていませんか。今日は、そのくたびれた状態に、聖書がちゃんと名前をつけている話をしたいと思います。 聖書の言葉 「神は実にそのひ... -
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「遠く離れて立っていた」——それも、関わりの一つの形だった
祈りながら見守ることしかできない。そう感じる場面が、あなたにもあるのではないでしょうか。踏み込みたいのに踏み込めない。何かしてあげたいのに、手が届かない。そのもどかしさを抱えながら、今日も静かにそこに立っている。 聖書箇所 神よ、私を救い... -
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「こうでなければ」という縛りに、気づいていますか
孫のために何かしなければ。息子の心配を表に出してはいけない。もっと役に立てる自分でなければ。そんな思いが、静かに心を締め付けていることはないでしょうか。 聖書はこう記しています。 ヘロデ王は恐れおののいた。エルサレム中の人も同様であった。 ... -
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「準備できていなくても、おめでとう」と言われた
50歳。それなりに経験を積んできた。でも、なぜかうまくいかないことが増えた気がする。「もっとちゃんとしてから」「もう少し準備できたら」。そう思いながら、何かを後回しにしてきたことはありませんか。 聖書箇所:ルカ1章26-38節 「おめでとう、恵ま... -
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誰かのために祈った時、神はあなたを変える
50年生きてきたら、善意が裏目に出た経験が一度や二度はあるはずです。「あの人のために」と思ってした言葉が、かえって相手を傷つけた。あの時の後悔は、今もどこかに残っていませんか。 聖書箇所 ヨブが友人たちのために祈った時、主はヨブを元の境遇に... -
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知っている、という一点——牢の中からパウロが書いた言葉
正しく歩んできたはずなのに、その先に重さが来た——そんなとき、人は静かに半分の力になっていく。牢の中からパウロが書いた言葉は、状況が変わったからではなく、「信じた方をよく知っている」という一点だけで恥じないでいられた召しの人の言葉だった。あなたの足元に、その「知っている」はまだあるか。 -
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「その通りです」と言って、歩まれた方がいる
「忍耐して待ち続けているのに、何も変わらない」と感じる夜はありますか。ピラトの法廷でイエスが静かに「その通りです」と答えたあの言葉は、荒野の誘惑から一歩ずつ安易な道を退け続けてきた歩みの先にありました。愛も忍耐も柔和も、気合いで手に入るものではなく、そうして選び取られた道の中で備えられてくるものです。 -
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頑張って登らなくていい。あなたはもう、養われている
「信仰の成長とは、もっと頑張って登ることではない」——そう感じていた夜が、あったかもしれません。パウロがテモテに伝えたのは、信仰の言葉によって「養われて育てられる」という姿です。乳飲み子が母乳を受け取るように、あなたはすでに内側から育てられている。今夜も、その言葉はそばにあります。 -
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罪人の頭が語った、「満ちてきた」という言葉
正しくあろうとして努力し続けているのに、なぜかずっと空っぽで疲れだけが積み上がっていく——そんな感覚を覚えたことはありませんか。聖書の中で最も真面目に生きたパウロが晩年に残した言葉は、「私が積み上げた」ではなく、恵みが「満ちてきた」という受け身の告白でした。 -
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何もできないまま、そこにいた夜のことを
何もできないまま、ただそこにいるだけの夜がある。手が届かない、動けない、その無力感を聖書はすでに知っていた。神の民もまた、光も理由も見えない闇の中をただ歩いていた。でも、捨て置かれていたのではなかった。何もできなかったその場所に向けて、神の熱心はすでに動いていたのだと、イザヤ書は静かに語る。