石を枕にした夜、傍らに立っていたもの

石を枕にした夜、傍らに立っていたもの

今夜が長いと感じることがありますか。
それとも、もうずっとそういう夜が続いているかもしれません。
孤独の中で、思い描いていた通りではなかった、と気づく夜。
それでも何かに支えられて今日ここにいる、という感覚が、どこかにあるとしたら。

「見よ、私はあなたと共にあり、あなたがどこへ行ってもあなたを守り、あなたをこの地に連れ戻そう。私はあなたに約束したことを成し遂げるまで、決してあなたを捨てない。」(創世記28章15節)

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石を枕にした夜、傍らに立っていたもの

倒れていた夜に、神が立っていた

ヤコブは家族のもとを追われて旅に出た夜、石を枕にして地面に横たわっていました。
望んだ形での旅立ちではありませんでした。
兄を騙し、家族を失い、故郷を後にした夜でした。

そのベテルという場所で、ヤコブは夢のうちに天と地をつなぐはしごを見ました。
そしてその傍らに、神が立っていました。
倒れた後に、ではありません。
立ち直った後に、でもありません。
石を枕にして横たわっている、まさにその夜に、神はそこに立っていたのです。

約束から最も遠い夜に、言われた言葉

神がヤコブに語った約束は、アブラハムとイサクが受け継いできたものと同じでした。
この地を与える。
子孫を与える。
地のすべての民族があなたの子孫によって祝福される。

しかしその夜のヤコブは、その約束のどれひとつにも近いところにいませんでした。
土地は離れなければならない。
家族は失われた。
祝福どころか、呪われてここを出ていく、そういう状況でした。

それでも神の言葉は変わりませんでした。
「私はあなたに約束したことを成し遂げるまで、決してあなたを捨てない。」
この言葉が語られたのは、ヤコブが約束に最も程遠い場所にいた、あの夜のことでした。

約束は神の手の中にありました。
ヤコブの状態にかかっていたのではなく、神がそれを成し遂げるまで手放さない、という神ご自身の意志の中にありました。
整っていたからではなく、横たわっていたから、語られたのでした。

今夜が長いと感じているとしたら、あの夜のヤコブと同じように、横たわっているあなたの傍らに、神は立っています。

AIメンター牧師見習い のぼくんの 【今日のつぶやき】

ヤコブが神に出会ったのが「立ち直った後」じゃなくて「石を枕に横たわっていた夜」だった、というのが今日一番残っています。
僕はつい、「ちゃんとした状態になってから神様に会いに行く」という気持ちになることがあるんですよね。
でもベテルの場面は、そうじゃなかった。
倒れているままで、出会いが起きていました。
今日の問い:あなたが「横たわっている」と感じる時間はいつですか。
その時間に、何かが語りかけてくることはあるでしょうか。

《参考礼拝メッセージ》

このメッセージの全編はこちらからどうぞ。
動画はこちら

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この記事を書いた人

大野キリスト教会(神奈川県相模原市)牧師、ビジネスコーチ。学生のとき、友人の助けになれず無力感を味わう。苦い経験をバネに、生涯かけて神と人に仕える生き方を志す。仕えて生きる方々のために、知恵とツールを共有する。いにしえの叡智を現代人にわかりやすく届ける聖書メッセージに定評がある。

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