列王記第一– tag –
-
礼拝メッセージ
「もう十分です」と閉じた手を、神はまだ開こうとしている
25年誠実にやり続けてきた人間が、ある夜「もう十分です」と手を閉じる。エリヤが燃え尽きたのは失敗の後ではなく、大業を成し遂げた直後だった。神はそこに説教を持ってこず、ただパンと水を置き、静かに言った——「旅はまだ遠い」と。閉じた手の先に、まだ道があるとしたら。 -
礼拝メッセージ
「いつまでどっちつかずに」——言葉を失ったのは、弱かったからではない
決断できない自分を「意志が弱いせいだ」と責めてはいないだろうか。聖書に登場する民が黙り込んだのは、愚かだったからではなく、図星を突かれたからだった。「準備が整ったら動く」という言葉が、実は別の何かを「神」にしている可能性を、この記事は静かに問い直す。 -
礼拝メッセージ
正しく動いているのに、枯れていく
真面目にやっている。手を抜いていない。それなのになぜ、こんなに疲れていくのだろう——そう感じたことはありませんか。聖書に登場するエリヤも、使命を果たした後で頼りにしていた川が枯れていく現実を前に、ただそこにいました。正しさが報いを約束するのではなく、枯れてもなお養いは続いていた。その静かな事実が、あなたの消耗にそっと触れてきます。 -
礼拝メッセージ
燃え尽きたとき、神が言ったのは「もっと頑張れ」ではなかった
正しいことをしようとするほど燃え尽きていく——そんな経験の中で、聖書のエリヤはどう描かれているのでしょうか。使命を果たした直後に神が告げたのは「頑張れ」ではありませんでした。「身を隠せ、私が養う」という言葉でした。その場面を、一緒に読み直してみませんか。 -
礼拝メッセージ
神はその都度、新しい言葉を持ってあなたに来る
終わりも見えないまま続く毎日の中で、神の言葉はまだ自分に届くのだろうかと感じたことはありませんか。聖書はソロモンへの語りかけを通して、神はゴールの後も新しい約束を持って来る方だと伝えています。「私の目と心はいつもそこにある」——それは命令ではなく、あなたの見えない部分までずっと見ていたという宣言です。 -
聖書メッセージ「成長」シリーズ
成長メッセージ「戦うエリヤ」19年10月2週分
大野キリスト教会 祈り会 2019年10月3日 戦うエリヤ 聖書箇所 列王記第一18章 テキスト「成長」 19年10月2週分 祈り会メッセージ(Podcast対応)にて、過去のメッセージを保存しています。 -
聖書メッセージ「成長」シリーズ
成長メッセージ「養われたエリヤ」19年10月1週分
大野キリスト教会 祈り会 2019年9月26日 養われたエリヤ 聖書箇所 列王記第一16章29節ー17章24節 テキスト「成長」 19年10月1週分 祈り会メッセージ(Podcast対応)にて、過去のメッセージを保存しています。 -
礼拝聖書メッセージ
礼拝メッセージ 「ゼロとイチの違い」
メッセージタイトル ゼロとイチの違い 聖書箇所 列王記第一22章1-9節 [tip]まず、神に心を開き、みことばを聞き、もっとも重要なこととして教え続けられる。神の現実をもたらす存在として、置かれたところで歩む。[/tip] 礼拝メッセージ(Podcast対応)にて... -
礼拝聖書メッセージ
礼拝メッセージ 「欠乏と感謝の関係」
メッセージタイトル 「欠乏と感謝の関係」 聖書箇所 列王記第一17章8-16節 2015年5月17日 大野キリスト教会説教者 中澤信幸 -
礼拝聖書メッセージ
礼拝メッセージ 「知恵ある者の不思議」
メッセージタイトル 「知恵ある者の不思議」 聖書箇所 列王記第一5章1-6節 ダウンロード 150510.mp3 (右クリックして、名前を付けて保存) [tip]「とおりに」と、神が備えられたストーリーの中で、自分の歩みを選び取っていくものでありたい...
12