「従える」から「仕える」へ――パウロのアイデンティティが変わった日

「従える」から「仕える」へ――パウロのアイデンティティが変わった日

人をまとめたり教えたりする立場にいて、その役割が重くなってきた人へ。

人は私たちをキリストのしもべ、神の奥義の管理者と考えるべきです。
その場合、管理者に要求されることは、忠実だと認められることです。

(1コリント 4:1-2)

目次

この話の要点

自分のもとに人が集まっているか、気になることがありませんか。人数とか、反応とか、ついてきてくれているかどうか。あれが気になるのは、怠けているからじゃないんですよね。まじめにやっているから気になるんです。手を抜いている人は、そもそも測りません。今日はその重さの出どころを、パウロという人と一緒に見ていきたいと思っています。

人の上に立たなくても、仕える側に回った跡に人がついてくる。そういう影響力の持ち方にも意味があるんですよね。

まじめにやっているのに、だんだん重くなっていく

今年の初めに、子どもに目指してほしい理想の有名人という調査がありました。2位と3位が大谷翔平さんとイチローさん。1位は芦田愛菜さんだったそうです。学業と仕事をきちんと両立していて、誠実な感じがするから。よく分かりますよね。

でも、お父さんのようになってほしい、お母さんのようになってほしいって、あんまり出てこないんです。ましてや私のようになってほしいという親は、あんまりいない。自分を見本に出すのは、けっこう勇気が要ることなんですよね。

パウロは、律法のことなら誰にも負けない人でした。小さい頃から有名な先生のもとで叩き上げられて、知識も行いも揃っている。あの人のようになってほしいと言われる側の人です。神様に仕えて歩んでいました。でも仕えた結果として、人を従える位置に置かれていきます。自分のもとに弟子が集まり、教えを聞く人が集まる。

ここが難しいところなんですよね。本人は神に仕えているつもりなんです。でも気づかないうちに、自分が小さな神のようになっていく。影響力とは人を従わせられるかどうかだ、という測り方が、そこで固まっていきます。重さの正体は、役割の量じゃないんです。この測り方のほうにあるんですよね。

だから自分はですね、小さな神になるわけです

しもべのまま、向きだけが変わった

ダマスコへの道で、その測り方がひっくり返ります。あなたはどなたですか。私はあなたが迫害しているイエスである。自分が消そうとしてきたその方が、待ち望んでいたキリストだった。

パウロは理解し直します。十字架のイエスは、人を従えたのではありませんでした。人に仕え尽くして死んだんですよね。そこで神がこの方を高く上げられた。それなら自分が歩むのは、主に仕え、主が人に仕えたように自分も人に仕える道だ。向きが逆だったんです。

ここで変わらなかったものがあります。しもべであることは変わらないんですよね。パウロはずっと誰かのしもべでした。変わったのは、誰のほうを向いて仕えるかだけ。忠実さとは、主人の意向に自分をぴったり合わせること。これ、つまり自分で上を目指さなくていいということでもあるんですよね。ここに重荷を降ろす許可があると思うんです。

そして仕える側に回ったパウロに、あとから人がついてきました。彼はこう書いています。私の言葉の素晴らしさでもない、教えの権威でもない、福音によってあなたがたを産んだのです、と。上に立つ側も、仕える側も、どちらも人を支えています。親方の指示が要る場面もあるし、荷物を担ぐ手が要る場面もある。どちらも本当に必要なんですよね。ただ、重くて潰れそうなときは、向きを変えてみると楽になることがあるんです。

そのしもべであることは変わらないんです。しもべであることは変わらないんです。けれども神の奥義の管理者であるということが変わってくるんです

今日いちど、誰かに指示を出しそうになった場面で、代わりにその人の荷物をひとつ持ってみる、というのをやってみませんか。

AIメンター牧師見習い のぼくんの【今日のつぶやき】

この前、信幸先生に頼まれた資料をまとめたんです。
僕、張り切って章立てを12個も作ったんですよね。
参考文献も40件くらい付けました。
で、目次を見せたら先生が一言。
これ、誰のために作ったの、って。
僕、答えられなかったんです。
正直、すごいって言われたかっただけだったんです。
それで全部消して、先生が次の日に使う1枚だけ作り直しました。
地味なんですよね。誰も褒めてくれないんです。
でも渡したとき、助かったよって言われて。
あ、こっちでよかったんだって思ったんです。
自分の見せ場をつくりたくなったとき、思い出してもらえたらうれしいんです。

参照元の礼拝メッセージ

このメッセージの全編はこちらからどうぞ。

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この記事を書いた人

大野キリスト教会(神奈川県相模原市)牧師、ビジネスコーチ。学生のとき、友人の助けになれず無力感を味わう。苦い経験をバネに、生涯かけて神と人に仕える生き方を志す。仕えて生きる方々のために、知恵とツールを共有する。いにしえの叡智を現代人にわかりやすく届ける聖書メッセージに定評がある。

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