礼拝メッセージ– category –
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礼拝メッセージ
誇りは、着いてから手に入るのではなかった|マタイ1章・進んだ距離で自分を測ってしまうとき
マタイ1章を読みます。思い切って動いたのに、動く前より苦しい途中にいる人へ。神様の家は着いた先ではなく迷う隊列の真ん中に張られていた、という2018年3月22日のアサノバ第284回です。 -
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引いてしまったのは、弱さのせいだったのか|ガラテヤ2章・人の顔色をうかがうとき
ガラテヤ2章を読みます。相手が変わるたびに自分の態度まで変わってしまう人へ。変わっているのは態度ではなく、その場で自分を認めさせようとする根拠のほうだった、という2019年2月10日の礼拝メッセージです。 -
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死の陰の谷は、一年の外にあったのか|詩篇23篇を年末に読む
詩篇23篇を年末に読みます。うまくいかなかった数か月を一年から引き算してから数えはじめてしまう人へ。死の陰の谷も、神様が治めている一年の内側にある一場面だった、という2018年12月20日の礼拝メッセージです。 -
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逸れた今も、完成図の外には出ていない|聖書の言葉 希望の根拠
「取り返しがつかない」と感じながら、どこかでルートを外れてしまった気がしていませんか。ヨハネの黙示録が最初に見せるのは、燭台の真ん中に立ち、すべてを視野に収める方の姿です。逸れた今も、その視野の外に出たことは一度もないと、この記事は静かに語ります。 -
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竪琴を、まだ柳にかけたまま|聖書の言葉 辛い時に
帰れたはずなのに、まだ何かが戻ってこない——そんな「宙吊り」の時間を、詩篇137篇は正直に語っています。歌えないことは信仰の欠如ではなく、歌いたいという渇きを持ち続けることこそが、信仰の深さから来ているのかもしれません。柳にかけたままの竪琴を、一緒に見つめてみませんか。 -
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敷居の下から、水は始まった|聖書の言葉 癒し
自分の選んでいない場所で、何者かわからないまま立っている。そんなとき、聖書が語るのは「頑張れ」でも「意味がある」でもありません。崩れた神殿の敷居の下から水が染み出したように、枯れた場所から何かが流れ始めることがある——エゼキエルの幻が、今あなたに届くかもしれません。 -
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干からびた谷間で、神だけが問いを立てた|聖書の言葉 不安な時
夜になるとまた同じ問いが戻ってくる。答えはもう出ているはずなのに、誰にも声に出せないまま朝になる。エゼキエル書の枯れた骨の谷間で、神は誰も立てなかった問いを立てました。「はい」とも「いいえ」とも言えないまま宙吊りでいることが、神の前では許されていた。その言葉はあなたのためにも用意されています。 -
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読み飛ばさなかった人に、印は押された|聖書 御言葉 力
エゼキエル書9章に登場するのは、都の「終わり」の重さから目をそらさず、嘆き悲しみながら座り続けた人々だった。守られたのは問題を解決した者でも信仰が強かった者でもなく、ただそこに座っていた者の額だった。「また同じだった」という重さを上書きする前に、30秒だけその場所にとどまってみてほしい。 -
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伝わらなくても、語り続けることを神が引き受けた|聖書の言葉 励まし
正しいことを伝え続けているのに届かない、その孤独をずっと一人で抱えていませんか。エゼキエル書には「聞いても聞かなくても、語れ」という言葉があります。届かないかもしれない重さを、神ご自身がすでに引き受けながら語り続けた——その場所から、今日の言葉を語り始めることができます。 -
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「あなたがご存知です」——それだけで、十分だった|聖書の言葉 慰め
「スタートしたはずなのに、どこかで根っこのつながりが断絶している」——そんな感覚の中にいるとしたら、この記事はあなたに向けて書かれています。ペテロの「あなたがご存知です」という一言が、整った言葉も完全な確信もなかった人間に次を開いた理由を、静かに読み解きます。