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どれだけ動いても、祈っても、気になる人たちのことが頭から離れない。そんな日が続く中で、ふと「これで本当にいいのだろうか」と思う瞬間は、ありませんか。
聖書の言葉を引いておきます。
見よ、私は彼女を口説いて荒野に連れて行き、優しく彼女に語りかける。
永遠に契りを結ぶ。正義と公義と恵みと憐れみを持って契りを結ぶ。真実を持って契りを結ぶ。
ホセア2:14, 21
ゴメルという女性のこと
ホセアという預言者の妻、ゴメルの話があります。
彼女は夫以外の男性に心を奪われ、恋人たちの後を追って出て行きました。でも追っても追いつけなかった。探しても見つからなかった。心が満たされると思ったのに、満たされることはなかった。
我に返った彼女は、もとの夫のところに戻ります。すごすごと、ということばが似合うような帰り方です。
その彼女を夫はどう迎えたか。責めませんでした。「なぜ出て行った」とも言いませんでした。荒野に連れて行き、優しく語りかけ、もう一度プロポーズしたというのです。
「永遠に契りを結ぶ。あなたがどんな状態であっても、あなたを受け止めて迎える。本来の関係に戻ろう」と。
さらにこう続きます。「もし仮にあなたがもう一度ここから出て行くことがあっても、過ちを犯すことがあっても、私はあなたをもう一度、再び、何度でも迎えよう」と。
これは、神とわたしたちとの関係を表す話です。
「変な名前」をつけてしまったと思う時
ゴメルには子どもたちがいました。その子どもたちの名前が、重かった。「愛されない者」「私の民ではない」——そんな意味をもつ名前です。母親の歩みが、子どもたちの名前にまで影を落としていた。
ゴメルは晩年、子どもたちを前にこう言ったかもしれません。「ごめんね。私が心を奪われてしまった結果、あなたがたに変な名前がついてしまった」と。
でも続けて伝えられることがあった。「お父様が迎えてくれた。もう一度結婚した。その時、あなたたちの名前は新しい名前になったんだよ」と。
「私の民ではない」が「私の民だ」に変わった。「愛されない者」が「愛される者」に変わった。
自分の力ではどうにもできない、子どもや孫の状況。「何かしてあげなければ」という思いと「でも届かない」という無力感の間で揺れる時。そのゴメルの話が、静かに語りかけます。名前を書き換えるのは、あなたではなく神だ、と。
そしてもう一つ。出て行ったゴメルが恋人たちを追っている間も、夫はすでに穀物と油と銀を備えて与え続けていた、とホセアは書きます。ゴメルはそれを知らなかった。でも与えられていた。
見えないところで、すでに動いているものがある。そうかもしれない、とゴメルの話は言っています。
考えてみましょう
「永遠に、真実を持って契りを結ぶ」という言葉を、今の自分への言葉として静かに受け取るとしたら——あなたは今日、どんな顔で一日を始められそうですか。
このメッセージの全編はこちらからどうぞ。動画はこちら

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