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礼拝聖書メッセージ
神があなたを選んだ時から、行き先は決まっている
毎日、誰かのことを心に抱えて生きている。 孫のこと、子供のこと、職場のこと。 「自分が何とかしなければ」と思いながら、でも何もできない自分がいる。 それでもここに立ち続けることに、意味はあるのだろうか。 聖書の言葉をひとつ、一緒に読んでみま... -
礼拝メッセージ
断食を頼んだエステル——召しは、一人で担うためではなかった
「この時のために、あなたはここにいるのかもしれない」——エステル記に登場する王妃エステルは、召しを一人で担おうとしたのではなく、まず人々に断食を頼みました。与えられてきたものが何のためにあるのかわからなくなる夜も、あなたは一人で抱えなくていい。そのことをこの記事でご一緒に考えます。 -
礼拝メッセージ
声を失った夜に、言葉は届いている
声を失ったような夜、誰に向けているかもわからないまま「お願いします」と思う瞬間がある。その孤独を、聖書はナーボーフという言葉で2500年前に記録していた。声が出なくても、その言葉はどこかに届いている——エステル記が静かに語りかけてくること。 -
礼拝メッセージ
正しさへの疲れの向こうに、渇いていたもの
正しくやろうとするほど疲れていくのに、やめられない——そんな感覚の奥に何があるのか、まだわからないままでいませんか。哀歌に記された「帰らせてください」という叫びは、正しさへの疲れの向こうに隠れていた渇きを映し出しています。その渇きの正体を、一緒に考えてみませんか。 -
礼拝メッセージ
嘆きは、自分の先に向かうとき変わる
正しくやってきたはずなのに、誰かへ届いている感覚が薄れていく夜がある。哀歌2章19節が指し示す嘆きの向き——自分の内側でぐるぐる回り続けるのではなく、街頭で弱り果てている者たちへ向かうとき、そこが回復の入口になる。 -
礼拝メッセージ
何もないまま、神の前に立てる
何も差し出せるものがないとき、祈ることをためらったことはありませんか。ダニエルは灰をかぶったまま、何も正当化せず神の前に立ちました。祈りの根拠は自分の正しさではなく、神の哀れみだとこの記事は語ります。何もない場所からでも、立てる理由がある。 -
礼拝メッセージ
知っていた。それでも、いつものように窓を開けた。
誠実に歩み続けてきたからこそ、「これは本当に召しだったのか」という問いに直面することがある。ダニエルは署名されたことを知りながら、それでもいつものように窓を開けて祈った。その「いつものように」の積み重ねが、穴の底を支えた。特別な信仰ではなく、誰も見ていない朝に繰り返してきた歩みが、絶体絶命の夜を越えさせた。 -
礼拝メッセージ
「無力です」と祈った夜、神のはらわたが動いた
頑張り続けてきたのに、どうにもならない夜がある。ダニエルは才能ある人でありながら、「無力です」と神の前に立った。その正直さに、神のはらわたが動いた。声にならないまま積み上がってきた疲れも、誰にも言えなかった重さも、神はちゃんと知っている。 -
礼拝メッセージ
誰が岩を動かすか、わからないまま歩き始めた朝
解決策が見えないまま疲れを抱えて歩き続ける朝に、聖書の女性たちも同じ問いを持ちながら墓へ向かっていました。でも岩はすでに転がされていた。あなたが答えを出す前に、すでに何かが動いているかもしれない。そんな朝の話です。 -
礼拝メッセージ
備えてくださる——意味がわからないまま山を登ったアブラハムの言葉
意味がわからないまま山を登り続けたアブラハムは、「神が備えてくださる」という言葉を、結果が見えない中で口にしました。今日もできたのかできなかったのかわからないまま眠るあなたへ、結果を委ねることは弱さではないと伝えたい聖書の物語です。