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礼拝メッセージ
場所が違っても、神はあなたに向かっている
「なぜここにいるのか」という問いを手放せないまま、それでも今日を生きている孤独がある。場所が違っても、整っていなくても、神は向かってくる——初代教会の二つの場面から、「主にとどまる」ことの意味を静かに問い直す。 -
礼拝メッセージ
一人で開いた聖書に、神が人を遣わした
一人で聖書を開いても、意味が分からないまま閉じてしまう夜がある。聖書の中に、遠い旅の道を一人で進みながら「導く人がなければ分からない」と正直に言えた人がいた。その声に、神は人を遣わした。あなたの孤独の中にも、神は来る。 -
礼拝メッセージ
賜物は、人数が増えるほど問われる
共同体が広がるほど、役割が増え、事務が増え、いつの間にか自分に与えられた賜物が薄まっていく。使徒の働き6章のステパノは、執事として任じられながら、与えられた分を最後まで手放さなかった。増えることの先で、最も大切なものが問われる場面を読む。 -
礼拝メッセージ
「正しさ」を見つめ続けた人が、目を上げたとき
使命感からくる疲れを感じながら、それでも正しく届けようとしている人へ。正しい場所にいたはずなのに、いつのまにか「成り立たせること」を守るために動いていた——そんな視線のズレを、聖書の人物を通して静かに問い直す記事です。 -
礼拝メッセージ
扉を閉めていた10日間、神は「あなたに」来た
扉を閉めて動けなかった人たちのもとに、神は来た。聖霊は「みんなへ」ではなく「あなたへ」とまった——そう聖書は記録している。動けない時間があったことは、この話を台無しにしない。その10日間ごと、神はすでに知っていた。 -
礼拝メッセージ
神はチェックリストを持っていない——2歩歩いた瞬間を見ていたのは、あなただけじゃない
誰かのために動いて、誰かのために笑って、それでも夜になると「できていないところ」が浮かんでくる。神はそんなあなたをチェックリストで採点しているのではなく、今日あなたが歩いた一歩一歩を温かく見守っていると、聖書は語ります。その静かな確信が、疲れた夜に届きますように。 -
礼拝メッセージ
「選ばれた」のは、完璧になってからではなかった
「あなたでは足りない」という声が、今日も頭の中で鳴り続けている。正しく生きようとしているのに、なぜこんなに疲れるのか。聖書は「はじめから選ばれた」と言う。完成してからでも、準備ができてからでもなく、何も持っていない最初から——その言葉が、疲れの根っこに触れるかもしれません。 -
礼拝メッセージ
「召しにふさわしい者」とは何か——正しく生き続けた人への問い
25年間、誠実に歩み続けてきた。その確信は本物だ。しかし「正しくあること」と「召しに従い続けること」は、同じではない。正しさは蓄積されるが、召しは今日も問い直される。批判する言葉の出どころを、静かに確かめながら歩む者への問いがここにある。 -
礼拝メッセージ
25年間、正しく建ててきた。それで、誰の心に何が残ったか。
25年間、誠実に建て続けてきた。その積み重ねは本物だ。でも、「召し」という言葉だけでは収まらなくなる夜がある。ダビデは神殿を建てることを禁じられた。それでも確かに、何かが次の人へと渡された。成し遂げた者が初めて問われること——あなたは誰かの心に、何を残してきたか。 -
礼拝メッセージ
過ちの手から、こぼれ落ちない
「また同じことをしてしまった」と思う朝、あなたはいるかもしれない。ダビデが選んだのは、人の手ではなく神の手だった。「神の憐れみは大きい」という言葉は、状況がよくなってから出たのではない。まだつらいことが来る直前に、先に信頼があった。問いや後悔を抱えたまま、それでも神の手からこぼれ落ちない——そのことを、この記事で一緒に考えてみたい。