礼拝聖書メッセージ– category –
大野キリスト教会で毎週日曜日に行われている礼拝での聖書メッセージ
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礼拝聖書メッセージ
疑ったまま、8日間いてよかった
毎日、誰かのために動いている。祈って、見守って、手を尽くしている。それでも何も変わらないように見える日が続く。「自分がここにいることに、本当に意味があるのだろうか」——そんな問いが、ふと胸をよぎることはありませんか。 聖書の言葉をひとつ、こ... -
礼拝聖書メッセージ
不平は私に来て、感謝は神様へ行った――それでも、あなたは必要とされていた
誰かの愚痴を引き受けて、陰で動いて、祈って。それなのに感謝の言葉は別の方向へ飛んでいく。そんな経験が、あなたにもあるのではないでしょうか。 聖書箇所 「モーセとアロンは岩の前に集会を召集し、彼らに言った。『逆らう者たちよ、さあ聞け。この岩... -
礼拝聖書メッセージ
これだけ歩いてきたのに、なぜ足元が崩れるのか
祈って、見守って、地道に歩んできた。それは本当のことです。でも、ふとした瞬間に「あれ、私はちゃんとできているのだろうか」と不安になることはないでしょうか。 イスラエルはバールペオルと軛を共にした 近づけば近づくほど、新しい困難が来る 荒野の... -
礼拝聖書メッセージ
祈り続けているのに、何も変わらない。それでいいのだろうか
毎日、誰かのために心を砕いて、祈って、見守っている。 それなのに、状況は変わらない。 「私のやっていることに、意味はあるのだろうか」 そんな問いが、ふとよぎることはありませんか。 私はあなたの若かった頃の誠実、婚約時代の愛、荒野の種も蒔かれ... -
礼拝聖書メッセージ
「ただこのマナを見るだけだ」と言いたくなる日に
毎日同じように働いて、同じように祈って、同じように気にかけている。それでも何かが変わる気配はない。そんな繰り返しの中で、「以前はもっとうまくいっていた気がする」と感じたことはありませんか。 聖書の言葉をひとつ、読んでみてください。 「今や... -
礼拝聖書メッセージ
神があなたを選んだ時から、行き先は決まっている
毎日、誰かのことを心に抱えて生きている。 孫のこと、子供のこと、職場のこと。 「自分が何とかしなければ」と思いながら、でも何もできない自分がいる。 それでもここに立ち続けることに、意味はあるのだろうか。 聖書の言葉をひとつ、一緒に読んでみま... -
礼拝聖書メッセージ
荒野は、神様の間違いじゃなかった
どれだけ動いても、祈っても、状況が変わらない日々がある。「なぜ私の周りはいつもこうなんだろう」と、ふと思ってしまう瞬間が。そんな気持ち、あなただけじゃないかもしれません。 聖書箇所:民数記9章15〜23節 彼らは主の命により宿営し、主の命により... -
礼拝聖書メッセージ
整えられながら、進んでいる
縁の下で働き続けて、祈り続けて、見守り続けて。それでも「これでいいのだろうか」という気持ちが、ふとした瞬間に顔を出すことはありませんか。 聖書にこんな言葉があります。 「主に愛されている兄弟たち、私たちはあなた方のことについて神に感謝しな... -
礼拝聖書メッセージ
苦難の中でこそ、愛は深まる
祈って、動いて、気を配って。それでも何も変わらないように見える日がある。「私は何かできているのだろうか」と、ふと手が止まる瞬間がある。あなたの今のその場所は、本当は何を意味しているのだろう? 聖書箇所:テサロニケ人への手紙第二 1章3節〜5節... -
礼拝聖書メッセージ
礼拝メッセージ「愛はあるのか?」レビ記19章17‐18節
レビ記における愛のルール レビ記は一見すると細かい規定の集まりに見えますが、実はそこには「愛のルール」が貫かれています。どのように生贄を捧げるか、何が清いか清くないかといった規定は、単なる法律ではなく、神の愛がその根底にあるのです。 神が...