ボロボロでも、神が手にとってくれる

毎日笑顔で働いて、家に帰ってもケアが続いて。「疲れた」と言えないまま、夜だけひっそり力が抜ける——そんな毎日を送っていませんか。今日は、そのくたびれた状態に、聖書がちゃんと名前をつけている話をしたいと思います。

聖書の言葉

「神は実にそのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者がひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」
ヨハネ3章16節

「滅びる」は、死後の話じゃなかった

「永遠の命」とか「滅びる」と聞くと、死んでからの話のように思えます。でも、ここで使われているギリシャ語の「滅びる」という言葉には、もっと別の意味があります。

「虚しい」「失われた」「損なわれている」。

そういう意味を持つ言葉です。

つまりこの聖書の言葉は、死後の保険の話をしているのではありません。今日、虚しさを抱えて生きている人。本来あるはずの喜びや愛から、いつの間にか遠くなってしまった人。「しょうがない」とフタをして、それでも前に進んでいる人——そういう人に向けられた言葉です。

心当たりはありませんか。

家族のこと、職場のこと、自分の過去や未来のこと。「これでいいのかな」「なんで私はこんなに疲れているんだろう」という感覚が、夜になるとじわりと出てくること。

ボロボロのバイオリンが、7000倍の値段になった

こんな話があります。

あるオークションに、見るからにボロボロのバイオリンが出品されました。誰も入札しない。値段はどんどん下がっていく。ほとんど価値がないように見えた。

そのとき、一人の老人が前に出てきました。そのバイオリンを手にとって、丁寧にチューニングを始めたのです。すべての弦を、正しい音が出るように合わせていく。そして老人がそのバイオリンで曲を弾いた瞬間、会場の空気が変わりました。

最終的にそのバイオリンにつけられた値段は、出品額の7000倍だったそうです。

バイオリン自体は何も変わっていません。ただ、本来出せるはずの音に、戻されただけです。

イエス・キリストが与えてくれる救いとは、このチューニングのことだと思います。古くなって、本来あるべき姿から離れて、「自分にはたいした価値がない」と感じているような人生に。歩いてきて、手にとって、あるべき音を出させてくれる。

死んでからではなく、今日の自分が変わる——それが救いです。

「強くなれ」とか「感謝が足りない」とか、そういう話ではありません。神が手にとって、チューニングしてくれる。あなたがそのまま受け取るだけでいい、という話です。

今夜、少し力が抜けているあなたの状態も、神にはちゃんと見えています。虚しいとか、損なわれているとか、言葉にならないまま積み上がっているものも。そのボロボロのままで、手にとってもらえる——聖書はそう言っています。

考えてみましょう

今の自分の中に「虚しい」「失われた」「損なわれている」と感じている場所があるとしたら、それはどこでしょうか。神がそこに歩いてきて、手にとってくれるとしたら——あなたはそのバイオリンを、渡せそうですか。

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この記事を書いた人

大野キリスト教会(神奈川県相模原市)牧師、ライフコーチ。学生のとき、友人の助けになれず無力感を味わう。苦い経験をバネに、生涯かけて神と人に仕える生き方を志す。「人生を楽に、面白がろう」をテーマに、伝える/つなげる/仕えるをスキルアップするブログ「のぶメモ」、平日毎朝の音声番組「あさのば」を公開している。

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