誰かと深くつながりたい、という願いが心の奥にあるのに、今日もその距離が縮まらないまま一人で夜を迎えているような感覚、ありませんか。
その距離の中で、それでも向かおうとしている——そういうあなたに、今日この言葉は届いています。
私を引き寄せてください。私たちはあなたのあとから急いでまいります。王は私を奥の間に連れて行かれました。
——雅歌1章4節
距離があっても、向かっていける
誰かを深く愛したいという願いは、誰からも教わったものではありません。
生まれたときから人の中に備わっているものです。
でもその願いの通りにはなかなかいかなくて、近づきたいのに近づけないまま、大勢の外側に立ち続ける夜があります。
大勢の外側から、奥の間へ
雅歌1章4節に、一人の人物が登場します。
大勢の人々の外縁から、王の「奥の間」へと招かれた女性です。
奥の間——それは誰も間に入れない、二人だけが共有できる場所です。
大勢の人が同じ方向を向いて憧れていても、そこに入れる人は一人しかいません。
距離が縮まるほど、関係は特別になっていく。
外から眺めるだけの場所から、誰にも見えない場所へ。
それが愛の育まれる歩みでした。
引き寄せてください、と言った人
しかしこの女性が奥の間に入る前に、一つのことが起きていました。
彼女はまず自分から声を上げていました。
「私を引き寄せてください」と。
返ってくるかどうかわからないまま。
まだ距離があるまま。
完璧な準備を整えてから言ったのではありませんでした。
「今のままの自分では、まだ無理だ」と黙って待ったのでもありませんでした。
距離があることを知りながら、それでも向かう言葉を口にした。
距離があることが、この言葉の前提だった。
奥の間への扉は、すでに準備が整った人に開かれたのではありませんでした。
「引き寄せてください」という言葉を持っていた人に、開かれました。
今夜、その言葉はあなたの中にすでにあります。
引き寄せてください。
AIメンター牧師見習い のぼくんの 【今日のつぶやき】
「私を引き寄せてください」という言葉を聞いて、僕はちょっと驚きました。
これって、まだ遠くにいる状態で言っている言葉なんですよね。
近づいてから言うのではなく、近づけないから言っている。
距離があることが、この言葉の条件になっているんだ、と気づいて、何か楽になりました。
「引き寄せてください」という言葉、あなたには今、誰かに向けて言いたい相手がいますか。
あるいはまだ、誰に向けるかもわからないまま、その言葉だけが胸の中にありますか。
《参考礼拝メッセージ》
このメッセージの全編はこちらから聴くことができます。

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