引いてしまったのは、弱さのせいだったのか|ガラテヤ2章・人の顔色をうかがうとき

ペテロが食卓から少しずつ離れていく。丸いテーブルと椅子を背に、女性が戸口から外へ出ようとしている線画

相手によって態度が変わってしまう人へ。

ところが、ケファがアンティオキアに来たとき、彼に非難すべきことがあったので、私は面と向かって抗議しました。ケファは、ある人たちがヤコブのところから来る前は、異邦人と一緒に食事をしていたのに、その人たちが来ると、割礼派の人々を恐れて異邦人から身を引き、離れて行ったからです。そして、ほかのユダヤ人たちも彼と一緒に本心を偽った行動をとり、バルナバまで、その偽りの行動に引き込まれてしまいました。彼らが福音の真理に向かってまっすぐに歩んでいないのを見て、私は皆の面前でケファにこう言いました。「あなた自身、ユダヤ人でありながら、ユダヤ人ではなく異邦人のように生活しているのならば、どうして異邦人に、ユダヤ人のように生活することを強いるのですか。」
(ガラテヤ人への手紙 2章11〜14節)

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この話の要点

相手が変わるたびに、自分の態度まで一緒に変わってしまうこと、ありませんか。変わっているのは態度ではなくて、その場で自分を認めさせようとする根拠のほうなんですよね。自分が確信をもてる側に根拠を置くと、相手が誰であっても取り替えずにいられます。

この記事ぜんぶを1枚にまとめた手描きのグラフィックレコーディング。左は相手が変わると態度も変わる、中央は変わるのは根拠、右は先に招かれている。下の帯に一つに決めておく・取り替えようがない

態度が揺れるのは、性格のせいではないんですよね。相手ごとに、認めさせるのが難しい根拠を、気づかないまま取り替えているからです。すでに認められている根拠を一つに決めておけば、取り替えようがなくなります。だから、誰の前でも同じ態度で立てていられるわけですね。

相手が変わると、こちらの立ち方も変わる

のび太は、ジャイアンの前では逃げるか身を守るかします。スネ夫の前では、損をしないように取り引きの顔になります。出木杉くんを見たときは、僕なんか駄目だと小さくなります。同じ一人の子が、相手の顔を見るたびに、強さ・損得・出来と、自分が認められる根拠を取り替えているんですよね。

わたしも同じことをしています。強そうに見える人の前では当たり障りのない返事になりますし、話の早い人の前では妙に結論を急ぎます。その場はそれでしのげるんですが、相手の顔ごとに合格点が動くので、認めさせようとするほど終わりが来ないんですよね。そういうとき、気が弱いからだと自分を思っていました。

ペテロも同じでした。ユダヤ人ではない人たちと一つの食卓を囲んでいたのに、エルサレムから人が来ると聞いた途端、心のアンテナが鳴ります。見られたらまずい、と思ったわけですね。そこから段々と距離ができて、やがて周りの人まで同じようにし始めました。

根拠を取り替えると、こう動く。①心のアンテナが鳴る、②見られたらまずいと思う、③少しずつ距離を置く、④周りも同じようにする、と4段で下へ降りていく図
今まで動いていなかった心の中のある部分、アンテナがピピッと音を立てて警戒信号を発するのを感じ取ります。

取り替えようのない根拠は、もう配られている

パウロがペテロに抗議したとき、理由はたった一つだけでした。何を食べるか、体に印をつけるか。そういう昔から守ってきた決まりを持っているかどうかで、同じ食卓が上と下に分かれてしまうからです。決まりそのものは大事でしたが、それは目的地ではなく、そこまでの付き添いでした。

イエスは、罪人と呼ばれていた人たちの食卓に座りました。神の食卓というのは、神がそこにいる人を認めている席のことです。認めるかどうかは招く側が決めるので、その方が招いた時点で、おまけだと思っていた人たちが客として迎えられたわけですね。席に着く資格を自分でそろえたわけではないんです。

だとすると、端っこにおまけで加えられたと思っている席も、同じ食卓です。認められる根拠はこちらが用意するより先に、配られていました。食卓の主が、あなたは私の大切な客だ、と言っているからです。先に配られたものは取り替えようがないので、わたしもまだ顔を見てから決めてしまいますが、置き場所だけは動かさずにいようと思います。

どの根拠で立つか。左「相手ごとに取り替える」は相手が変わると態度も変わる・その場で認めさせる・おまけだと思う。右「一つに決めておく」は取り替えようがない・先に客として招かれている・そこが神の食卓になっている。左右を3行ずつ噛み合わせた対比図
罪人の食卓に座っただけではなかったんです。そこを神の食卓にしたんです。

次に顔色をうかがいそうになったら、いま根拠をどこに置いているか、一度だけ確かめてみましょう。


 

聖書の引用は『聖書 新改訳2017』(新日本聖書刊行会)によります。

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この記事を書いた人

大野キリスト教会(神奈川県相模原市)牧師、ビジネスコーチ。学生のとき、友人の助けになれず無力感を味わう。苦い経験をバネに、生涯かけて神と人に仕える生き方を志す。仕えて生きる方々のために、知恵とツールを共有する。いにしえの叡智を現代人にわかりやすく届ける聖書メッセージに定評がある。

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