中澤 信幸– Author –
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礼拝聖書メッセージ
神に導かれているのに実感がわかない、そんな時に知っておきたいこと
自分の歩みが小さすぎて、神に導かれているなんて実感できない、そんな人へ。 彼らに言った。「主がこの地をあなたがたに与えておられること、私たちがあなたがたに対する恐怖に襲われていること、そして、この地の住民がみな、あなたがたのために震えおの... -
礼拝聖書メッセージ
不安のまま渡れる——ヨルダン川の岸で3日間揺れた人たちのこと
前に進もうとして、川岸で足が止まっている自分を情けないと思っている人へ。 ヨシュアは翌朝早く起き、すべてのイスラエルの子らとともにシティムを旅立ち、ヨルダン川のところまで来て、それを渡る前にそこに泊まった。三日後、つかさたちは宿営の中を巡... -
礼拝メッセージ
引いてしまったのは、弱さのせいだったのか|ガラテヤ2章・人の顔色をうかがうとき
ガラテヤ2章を読みます。相手が変わるたびに自分の態度まで変わってしまう人へ。変わっているのは態度ではなく、その場で自分を認めさせようとする根拠のほうだった、という2019年2月10日の礼拝メッセージです。 -
礼拝メッセージ
死の陰の谷は、一年の外にあったのか|詩篇23篇を年末に読む
詩篇23篇を年末に読みます。うまくいかなかった数か月を一年から引き算してから数えはじめてしまう人へ。死の陰の谷も、神様が治めている一年の内側にある一場面だった、という2018年12月20日の礼拝メッセージです。 -
聖書の名言
「聖書の名言」と検索されることについて|30年で一番多く開いた15のことば
「聖書の名言」で検索する人は月に1,600人。牧師が30年で実際に一番多く開いた15の聖句を、どんなときに開くのかという一行とともに並べました。新改訳2017の本文つき。 -
礼拝メッセージ
逸れた今も、完成図の外には出ていない|聖書の言葉 希望の根拠
「取り返しがつかない」と感じながら、どこかでルートを外れてしまった気がしていませんか。ヨハネの黙示録が最初に見せるのは、燭台の真ん中に立ち、すべてを視野に収める方の姿です。逸れた今も、その視野の外に出たことは一度もないと、この記事は静かに語ります。 -
礼拝メッセージ
竪琴を、まだ柳にかけたまま|聖書の言葉 辛い時に
帰れたはずなのに、まだ何かが戻ってこない——そんな「宙吊り」の時間を、詩篇137篇は正直に語っています。歌えないことは信仰の欠如ではなく、歌いたいという渇きを持ち続けることこそが、信仰の深さから来ているのかもしれません。柳にかけたままの竪琴を、一緒に見つめてみませんか。 -
礼拝メッセージ
敷居の下から、水は始まった|聖書の言葉 癒し
自分の選んでいない場所で、何者かわからないまま立っている。そんなとき、聖書が語るのは「頑張れ」でも「意味がある」でもありません。崩れた神殿の敷居の下から水が染み出したように、枯れた場所から何かが流れ始めることがある——エゼキエルの幻が、今あなたに届くかもしれません。 -
礼拝聖書メッセージ
礼拝メッセージ「愛はあるのか?」レビ記19章17‐18節|聖書 隣人を愛しなさい
レビ記における愛のルール レビ記は一見すると細かい規定の集まりに見えますが、実はそこには「愛のルール」が貫かれています。どのように生贄を捧げるか、何が清いか清くないかといった規定は、単なる法律ではなく、神の愛がその根底にあるのです。 神が... -
礼拝メッセージ
干からびた谷間で、神だけが問いを立てた|聖書の言葉 不安な時
夜になるとまた同じ問いが戻ってくる。答えはもう出ているはずなのに、誰にも声に出せないまま朝になる。エゼキエル書の枯れた骨の谷間で、神は誰も立てなかった問いを立てました。「はい」とも「いいえ」とも言えないまま宙吊りでいることが、神の前では許されていた。その言葉はあなたのためにも用意されています。