0299 「悲しむ人々は幸いである。その人たちは慰められる」

 

 

どうも、早起き牧師の中澤信幸(@nobun)です。

 

2018年4月12日木曜日、第299回目の放送です。

 

イエス・キリストが語られた幸いのひとつを紹介します。

 

 

どんな悲しみ?

「悲しむ人々は幸いである。その人たちは慰められる。」
イエスキリストは、こうおっしゃいました。マタイの福音書5章4節に書かれている言葉です。

悲しむ人々って、どういう人でしょう?ここで言う悲しみは、非常に強い感情を表す言葉です。先週の心の貧しい者、打ち砕かれた者の心の思いを表すのが、この悲しむ者です。嘆き悲しむ、泣き叫ぶ者という意味があります。

 

なにを悲しむのか?

では、一体なにを嘆いているのでしょうか。私たちの上に降りかかる悲しみ、身の上の不幸を嘆くということにとどまりません。神に背いてしまって、退けられている、そういうことを知り、嘆いている者は幸いだと言うのです。

なぜならば、慰められるから、です。その慰めは、もちろん神の憐れみによるものです。神ご自身が、私たちに臨み、回復を与えてくださいます。

 

神の前に嘆き、神に慰められる

もし、私たちが自分の身の上の不幸を悲しんでいるだけであるとしたら、解決した、回復した、解決しない… そういう悲しみ、喜びに終始することになるでしょう。しかし、神の前に嘆くことを知っている人は、神が憐れんで回復してくださることを経験します。

そういう幸いを、イエス・キリストは語っています。神の前に嘆き、神によって慰められる、それを知る者は幸いである。

 

私たちの歩みは、日常の一喜一憂に振り回され、そのことで心がいっぱいになってしまいます。そんなとき、神との関係に目を向けながら、心穏やかに、喜びに満ちた歩みを与えていただきたいですね。イエス・キリストは、そういう人生のあり方を私たちに語りかけています。

 

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大野キリスト教会牧師/コーチ/ポッドキャスター
About the Author
四代続くクリスチャン家系に生まれ、人の役に立つ生き方を志し、キリスト教牧師になる。 現代人の心に届く、わかりやすい聖書メッセージに定評がある。 モットーは「いつだってあなたのために」

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