0208 同じことでも、違う人なら、違うことになるのが当然

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どうも、早起き牧師の中澤信幸です。

 

2017年12月6日水曜日、第208回目の放送です。

 

同じことなはずなのに、いろいろ違ってきたとき、それを楽しむことについてお話しします。

 

 

[note]

2017年12月6日水曜日、第208回目の放送、お相手は中澤信幸です。

丸を書いてください

まるを書いてください、と言われたら、あなただったらどんな丸を書きますか?

非常に几帳面な人はコンパスを持ってきて、針を真中にさして、くるりと一回りしてまん丸を書くことでしょうね。でも、もっと簡単に済ませる人は、さっとまるを描いて、まるでテストの採点の時のあんな円を描くかもしれません。みかんを書くための丸は横長になるでしょう。リンゴのための丸だと上の方がちょっと膨らんでいるでしょうか。同じ丸と言っても、いろんな丸があります。

ある人はノートに鉛筆で円を描くでしょう。ある人は空中に手で指で円を描くに違いありません。ある人は地面に足で円を描くかもしれませんね。

あるいは、ひらがなで「まる」と書く人もいれば、漢字で「丸」って書く人もいるかもしれません。他にどんなことが思いつくでしょう?

 

いろんな可能性

まぁ、それにしても円を描いてください、ということひとつの中に、いろんな可能性があるものです。大きい丸、小さい丸とかも。そういう中で、正解はひとつではないな、と考えられますよね。同じまるを書いてください、ということの中に、いろんな可能性がある。いろんな選択肢がある。私が書く丸と、あなたが書く丸と、あの人が書く丸は全部違っている。

それが悪いことではないって思えることが結構重要なんだと思うんです。その違いを楽しむことができる。そんな丸もあるのか、こんな丸もあるよね、それは思いつかなかったいう風に、いろんな可能性を楽しむことができることは、喜ぶことができること。こんなにいっぱい丸のバリエーションが出たね、と言って喜ぶことができたら、私たちは結構楽しく生きられるんだろうと思うんです。

 

自分と違うことを許容できる?

丸の書き方の話をしましたけども、これは結局、人が自分と違うことを喜べるかどうかっていう話ですね。自分が考えていること、思っていること、していることと、他人がすること、考えること、やることが違っているときに、それでも喜べるか、そのことを楽しめるかどうか、という話です。

大抵の人は、好意的に「それはいいことだと思いますよ、自分が損をしない限りは」というんだと思うんですね。利害関係がなければ、その人が違っていて、自分に迷惑がかからなければ、そのことで私の手間が増えたり、「ちゃんと丸書けよ」って描き直さなければいけなくなったり、教えたりしないといけなかったりすると、途端にもおーっというふうに思ってしまうわけでしょう。自分に迷惑がかからなければ、というのが、正直なところだと思うんですね。

でも、実際には違うということの中には、いろいろめんどくさいことが起こってきたりします。調整をしなければいけないことも起こってきたりします。利害関係って少なからず生まれてくるものなんですよね。

 

ちょっとだけ余計に

そういう中で少しだけ余計に許容することができたら、わたしたちの生活がちょっとずつちょっとずつ変わってくるのではないかなぁと思います。少しだけいつもより余計に、ということですね。

もちろん、時と場合があって、この時には同じでなければいけない、そうでないと許されないって言う場合もあると思うんですよ。

でも少しだけ余計に許容してあげる、少しだけ余計にこの人は私と違うんだと思ってあげられる。どうでしょう。そんな心の余裕というか、違うことを楽しめるような気持ちを、あなたの中に少しずつ育ててみませんか。

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大野キリスト教会牧師/コーチ/ポッドキャスター
About the Author
四代続くクリスチャン家系に生まれ、人の役に立つ生き方を志し、キリスト教牧師になる。 現代人の心に届く、わかりやすい聖書メッセージに定評がある。 モットーは「いつだってあなたのために」

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