151 「こんなに幸せなアスリートもそうはいない」伊達公子

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どうも、早起き牧師の中澤信幸(@nobun)です。

2017年9月11日月曜日、第151回目の放送です。

プロテニスプレーヤー伊達公子選手の引退会見でのことばを紹介しながら、自分の限界までやりきることについてお話します。

2017年9月11日月曜日、151回目の放送、お相手は中澤信幸です。

プロテニスプレーヤー伊達公子選手の引退

テニスプレーヤーの伊達公子選手が引退を表明し、この前引退の会見をしました。伊達公子選手といえば、日本人のプロテニスプレーヤー、本当にトップ選手として活躍した選手です。世界レベルで戦うことのできる日本人選手としては、さきがけの選手でしたね。彼女は10代から20代の時に一度、世界レベルの選手として活躍し、その後引退を表明。もう一度30代から40代にかけてプロ選手生活を送る、という、珍しい選手生活を送った選手です。

そんな彼女が自分のテニス人生を振り返ってみた時に、こう言っていたんですね。「こんなに幸せなアスリートもそうはいない」自分の競技人生を振り返って、幸せなアスリート時代だったと言うことができる。これは、一番素晴らしいことだろうなと思います。

2度めの挑戦だったからこそ

もしかしたら、一度目のテニスプレーヤー人生だけだったら、そういうふうには言うことができなかったかもしれません。でも、2度目のチャレンジをしたからこそ、言えた言葉なのでしょう。

とはいっても、2度目の競技人生は、彼女自身も言っているようにチャレンジの連続でした。年齢の限界への挑戦ということもあったでしょう。怪我に悩まされましたから、そういう怪我との戦い。自分の体調のコントロール、一つ一つがチャレンジの連続だったと言います。

自分の限界までやりきった満足感

結果的に見れば、一度目を越えることは出来なかったように思います。でも、2度目の挑戦だからこそ越えることができた、自分の中の何か、自分の限界、そういうものがあるだろうなと思うんです。

それをして、伊達選手が自分で「こんなに幸せなアスリート人生を送れた」と言うことができたのでしょう。自分の中の限界を越えていく、成長していく、そのことを実感できたテニス競技人生だったから。

私も自分の人生を生ききって

私も「こんな幸せな人生を歩める人はそうはいない」と言って、自分の人生を締めくくることができたら、と思っています。こんなに幸せな人生を歩める人はそうはいない。目に見える結果ということではないんです。どれだけの事を成し遂げたかとか、お金持ちになったか、有名になったか、どれだけの功績を残したか、そういう目に見える人からの評価ということを気にしてはいないんです。

自分の中の、何と言うんでしょう、これで自分は生き切ったなーっていう感覚ですよね。自分自身の実感として、自分があるあり方を最大限生き切ったなという感覚をもって人生を閉じたいなと思っています。

そのためには1日1日ですね、昨日よりも今日、今日よりも明日、というふうに自分自身の持っているものを生き抜いていく。自分自身の限界に近づいていく、自分の成長の伸びしろをだんだん埋めていく、そういう意味ですよね。

私にとって、このあさのばの5分間の時間というのは、どうもそういう自分に向かって語りかける、大切な時間であるようです。皆さんと一緒に、この朝の5分間を共に過ごしながら、自分の伸びしろを少しずつ埋めて、成長していく歩みをご一緒したいと思っています。

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キリスト教牧師/コーチ/ポッドキャスター。 「いつだってあなたのために」「自分もみんなも幸せになる生き方」 大野キリスト教会 | 聖書 | いい人 | サーバント・リーダーシップ | NPO | コーチング | ポッドキャスト | パブリックスピーキング | 相模原 | 相模大野
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